東京真珠 事業沿革

ヒストリー年表

-1959年-

創業者である小山竹三が、あこや真珠の輸出を主業とした会社を興したの
が始まり。あこや真珠の美しい輝きを世界中の女性に届けたいという思い
から、日本各地の真珠養殖場を巡り、良質な真珠を買い付け、世界各国の
ジュエラーに販売しました。

-1980年-

自動車や家電などのハイテク産業が欧米輸出を伸ばす中、あこや真珠は
日本の特産品として欧米に広まり、その美しさから日本の美として憧れの
的となりました。
真珠輸出で築きあげた海外ジュエラーとのネットワークを背景に、
当時高価な品物の代表であったダイヤモンドを輸入し、国内のジュエラー
へ販売を開始しました。
「婚約指輪は給料3か月分」というキャッチフレーズが広がりを見せたのも
この時期となります。

-1982年-

フランス領ポリネシアに属するタヒチ島より黒蝶真珠の輸入を始めました。
当初、日本では黒色に対しての印象が悪く、また非常に高価であったため、
業界内の誰もが敬遠する真珠でした。
しかしながら、孔雀の羽色に似た神秘的な輝きを持つ黒蝶真珠を世界に
広めたいという強い思いは捨てきれず、地道に輸入販売を続けました。

-1983年-

歌舞伎座や新橋演舞場の近くである、中央区東銀座に本社ビルを竣工。真珠の品質を正確に評価するため、安定した太陽光が取り入れられるよう、北側の窓を大きくする設計にこだわりました。玄関ホールは小さな宝石箱をイメージし、貴重品を扱う会社として外部から内側が見え難くなっています。
また、閉店時に閉じるブロンズ扉には、聖徳太子ゆらいの法隆寺瓦紋がデザインされています。また同時に直営小売店を同ビル1階に開店し、卸直営店ならではのリーズナブルな価格と豊富な商品で、国内外のお客様より支持をいただいています。

-1984年-

三重県伊勢市に真珠加工工場を開設。
同時期に、品質の向上を目指し真珠研究部門も立ち上げられました。

-1987年-

真珠生産者として信頼性および品質の良さが評価され、
生活クラブ生協様とのタイアップが始まりました。

海外現地法人設立(アントワープ、バンコク、ニューヨーク)
関連会社設立(東京カラーストーン㈱、ティーピーダイヤモンド㈱)
国内支社開設(大阪、甲府)など、国内および海外への積極的展開を
行いました。

-1994年-

タイ(バンコク)にダイヤモンド研磨工場を開設。
カッティングクオリティの高いダイヤモンドを安定的に生産できる体制を
確立しました。同時に現地にて熟練のカッター技術者を養成し、現在は
その技術が非常に高く評価され、世界各国のジュエラーからカッティングの
依頼を受けるまでになりました。

タヒチの黒蝶真珠養殖産業の振興に尽力したことやその認知度を国内外で
高めることに大きく貢献したとして、創業者の小山竹三にタヒチ大統領から
勲章が授与されました。

-1999年-

関連会社などを合併し、銀座本社において業務の一元化をしました。

-2007年-

ゴールデンパールと呼ばれる「金色南洋真珠」の輸入を本格的に始め、
国内外への販売を開始。特に中国での人気が高まりました。
白・黒・金色の南洋マルチネックレスが数多く開発されたのも
この時期となります。

-2009年-

GIA(米国宝石学会)から、当社のデューイダイヤモンドに
バフトップ ラウンド ミックスカットの呼称が与えらました。
単独のカット名称が与えられることは極めて稀なことで、柔らかな
みずみずしい輝きを持つ斬新なカットとして認められたものです。

-2014年-

米国真珠協会国際デザインコンテストにおいて、2011年から4年連続受賞という輝かしい実績を持つ注目ブランドGALATEA社の日本総代理店となりました。